東京地方裁判所 平成5年(ワ)5243号 判決 1996年5月20日
原告
安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
後藤康男
右訴訟代理人弁護士
平沼高明
同
堀井敬一
同
木ノ元直樹
同
加藤愼
同
永井幸寿
同
中村光彦
右平沼高明訴訟復代理人弁護士
堀内敦
右中村光彦訴訟復代理人弁護士
木村英明
被告
○○こと
甲野花子
右訴訟代理人弁護士
高山俊吉
主文
一 原告会社が、被告に対して、平成三年四月四日付動産総合保険契約(証券番号六〇四一二二二〇)に基づく債務を負担していないことを確認する。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文と同じ。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 保険契約
原告会社と被告は、左記動産総合保険契約(証券番号六〇四一二二二〇)を締結している。
契約日 平成三年四月四日
保険会社 安田火災海上保険株式会社
保険契約者 有限会社○○代表取締役甲野花子
保険期間 平成三年四月四日午後四時から平成四年四月四日午後四時まで
保険の目的 毛皮
保険金額 一億二〇〇〇万円
保険料 八六万四〇〇〇円
2 保険金の請求
被告は、原告会社に対して、盗難事故の発生を主張し、前記保険契約に基づく保険請求権があるとして、その支払を請求している。
(一) 第一事故
日時 平成三年一二月一四日ないし一五日
場所 東京都中野区中野五―三二―一五ブロードウェイ三階×××
被害状況 被告は平成三年一二月一四日午後七時三〇分施錠して閉店したが、翌朝午前一一時三〇分に被告が店に来ると、毛皮三点がなくなっていた。
被害品目
①毛皮 ロシアンリンクス・ショートコート
購入年月 平成三年三月二七日
単価 一二〇〇万円
②毛皮 ブラック・グラマーミンク九分丈
購入年月 平成三年三月二七日
単価 二九〇万円
③毛皮 ロシアンセーブル・ショートコート
購入年月 平成三年三月二七日
単価 六八〇万円
被害総額 二一七〇万円
(二) 第二事故
日時 平成四年三月二日ないし三日
場所 新潟県村杉温泉角屋旅館駐車場
被害状況 被告は、平成四年三月二日、月岡温泉パブ「ティラミス」で毛皮、バッグ等の展示販売会を催し、被告自身は同日帰京し、同行者のYとKが同夜近隣の村杉温泉角屋旅館に宿泊、ブティック用ライトバンを同旅館駐車場内に駐車した。翌朝午前八時ころ、旅館の女将の「後部座席が開いている」との知らせで、現場を見るとライトバンの後部座席が開いていて、毛皮が六点なくなっていた。
被害品目
①毛皮 ロシアンセーブル・ロング
購入年月 平成三年三月二五日
単価 二二五〇万円
②毛皮 ロシアンセーブル・ロング
購入年月 平成三年三月二五日
単価 一七〇〇万円
③毛皮 チンチラ・ロング
購入年月 平成三年三月二五日
単価 一三六〇万円
④毛皮 プラチナフォックス
購入年月 平成三年三月二五日
単価 一六〇万円
⑤毛皮 ロシアンセーブル・ロング
購入年月 平成三年三月二七日
単価 二四五〇万円
⑥毛皮 チンチラ九分丈
購入年月 平成三年三月二七日
単価 九七〇万円
被害総額 八八九〇万円
二 争点
1 被告主張の価値を有する被保険動産(各毛皮)の存在の有無
2 被告主張の事故の発生の有無
第三 争点に対する判断
一 被告主張の価値を有する被保険動産(各毛皮)の存在の有無について
被告は、商品の買付資金を訴外K(以下「K」という)が提供し、Kが香港に買付に赴き、香港及び日本国内で、香港の毛皮業者から本件各毛皮を購入し、平成三年三月二六日、原告会社東京自動車開発第一部足立自動車支社のMが、被告店舗において検分したと主張する。
たしかに、乙一三、三〇、証人Mによると、被告が、毛皮のコート数点を店舗内に所持していたことが認められる。
しかし、本件毛皮の入手については、以下に述べる点を総合すると、被告がその主張する価値を有する毛皮を入手したとは認めがたい。
1 領収書等についての疑問
被告は、本件毛皮の入手を証明するものとして、乙一四ないし一八を提出する。しかし、右領収書には次のとおりの疑問点が存する(甲四八、証人千賀春和)。
(一) 香港ドルの表示は通常金額の前に記載されるのに、乙一四の領収書では、香港ドルの表示が金額の後に記載されている。
(二) ILY作成の領収書(乙一七、一八)については、その領収書ナンバーが現在使用されているナンバーよりも後の数字となっており、ILYで使用されている領収書ではなく、偽造されたものである疑いがある。
(三) 乙一七については、日付欄の不動文字の「198」が抹消されているが、一九八〇年代に使用されていた領収書を使用している。
(四) 乙一八については、日付欄が空白であるだけでなく「198」の不動文字があり、一九八〇年代に使用されていた領収書であると考えられる。
(五) 乙一五と乙一七、一八は、別会社が発行した領収書であるにもかかわらず作成者の署名が同一名であり、署名も酷似している。
(六) また、「Lynx」と記載すべきであるにもかかわらず、別会社が発行した複数の領収書で、「Linx」と同じ誤記をしている(乙一四、一六、一七)。
2 領収書の提出について
Kは、右領収書については、毛皮を購入した際には、交付を受けなかったが、本件保険契約を締結するため、後日、香港から送付してもらったという(証人K一三回四〇項以下)。しかも、原告から保険契約締結に際して便宜上整えるために求められたから提出したもので、真正なものである保証はないという(乙三五)。
しかし、右領収書が提出された経緯は、次のとおりであったと認められる。
すなわち、被告から保険金の請求がなされたため、原告は調査を行うことになり、国内においては日経企業調査株式会社に調査を依頼した。日経企業調査株式会社の鶴森は、平成四年四月ころ、被告とKに会い、前記領収書は、その次に会った際提出されたものと認められる。被告から、右領収書がそれ以前に原告に提出されたという証拠はない。また、右領収書が提出された際、真正を保証するものではないとの説明がなされたような事情も窺えない。
そうすると、むしろ、虚偽の領収書を、本件毛皮の入手経路を証明する真正な領収書として提出したものと認めることができ、本訴訟でも、真正なものとして提出されたことを前提として訴訟活動がなされていた。
そうすると、領収書の作成の真正を否定する証拠が提出された後、Kにおいて、その供述内容を変更したものと解さざるを得ず、その供述内容を信用することはできない。
3 原告担当者Mの検分について
Mは、代理店の竹内から被告を紹介され、平成三年三月二六日、被告の店舗を訪れ、店舗にある商品について保険を掛けたいとの申し入れを受け、動産総合保険について説明し、店舗内の毛皮数点を見たところ相当高額な値札が付けられてあったことを確認し、その後、本件保険契約が締結されている。しかし、Mが、右毛皮の価値を被告が主張する価値と評価したり、確認したことを認める証拠はない。
4 購入自体の不自然さ
被告の主張する本件毛皮は相当高額なものであるが、被告の資金力に加え、売却の確実なあてもないのにこれだけの枚数の毛皮を仕入れること自体、極めて不自然といわざるを得ず、単に、店をグレードアップするためだけに被告が主張するだけの毛皮を仕入れたとするのは疑問である。
Kは、宇田川産業の貸付先に販売するという予定だったと供述するが、結局その計画は実現していない(証人K)。
5 その他の証拠について
被告は、本件毛皮を入手した際に作成したものとして、Kに差し出した念書や受取書、仕入れ台帳を提出する(乙一ないし五)。
これらの作成の成立については認めることはできるが、前述したとおり、領収書の作成が真正なものでなく、その記載内容を信用できないことや、購入自体の不自然性に照らすと、これらの受取書などの記載内容を直ちに信じることはできない。
また、被告は、トニーローとの仲介手数料、私信、仲介手数料領収書を事故直後原告に提出していることをいうが(訴訟では提出されていない)、前記領収書がトニーローを通じて入手したものであることに照らすと、それらの書面の信用性を直ちに認めることはできない。
6 まとめ
そうすると、毛皮の存在自体は、これを認めることができるが、その毛皮が、被告が主張する価値を有する毛皮であることを認めることはできない。
二 被告主張の事故の発生の有無について
被告らは、右毛皮が、平成三年一二月と平成四年三月の二回にわたり盗難に遭ったと主張する。
たしかに、盗難にあったことを立証することは、犯人が検挙でもされない限り、困難といえる。
しかし、前述したように、盗難に遭ったとされる毛皮の入手経路に虚偽の事実が認められることや次に述べる事情を併せ考えると、盗難自体についても疑問があるといわざるを得ない。
1 第一事故の形跡について
第一事故については、明確な盗難の形跡が窺えない。
隣の店舗の戸締まりがなされていたとすると、犯人の侵入経路にあたる形跡が残っていても不思議でないのに、侵入についての形跡は窺えない。また、隣の店舗の戸締まりが不十分であったとしても、他の商品などに対する物色や、盗難の形跡が窺えない。
もっとも、第一事故の発生から、本件保険金請求までの間に、五か月近く経過しており、右のような形跡を保存することが困難であったかもしれないが、後述するように、どうして、警察への届け出が遅れたか理解に苦しむ。なお、被告は、隣の店舗でも物がなくなったと聞いていると供述するが(被告一二回七六項)、これを裏付ける証拠はない。
2 第一事故の報告の時期について
被告は、平成三年一二月一四日もしくは一五日に事故に遭ったと主張するにもかかわらず平成四年三月一八日、初めて警察署に報告したことが認められる(甲一八の1)。しかし、被告主張によるとかなり高額な毛皮であったにもかかわらず、それまで報告をしていなかったというのは、不自然さを拭えない。被告は、隣の店舗を疑うことになることを考えて報告が遅れたとも供述するが(被告一二回七六項)、隣の店舗でも物がなくなったと聞いているというのであるし、盗難に気づいた日の午後七時過ぎころ、被告の店舗が入っているビルの管理室に盗難の事実を伝えたというのであるから、理由とはならないと考える。
また、被告は、Kから毛皮購入資金を借り入れて、毛皮を購入していることから、Kの信用を失うことを考え、警察に直ちに届け出なかったとも供述する(乙六)。しかし、盗難されたという被害金額や本件保険に加入していたことに照らすと、仮に、Kに連絡しなかったとしても、直ちに、警察や保険会社に連絡するのが自然である。また、当時、Kを「○○」の専務と紹介したり、いろいろと相談をしたりする間柄であったこと(被告一二回一一三項以下)などの事実に照らすと、Kに連絡しないこと自体、やはり不自然というべきである。
3 第二事故について
第二事故については、駐車場に駐車していたライトバンの後方のドアが開けられていたというものである(当初の被害届では、後部ドアとある。)。しかし、窃盗犯がドアを開けたままにするなど犯行の発覚を早めるようなことをするとは考えにくい。
三 結論
以上を総合すると、被告としては、被告が主張する価値を有する毛皮を有し、その毛皮が盗難にあったことを立証できなかったというべきである。
そうすると、原告の請求には理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官山田陽三)